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高崎卓馬のCM学校 高崎卓馬氏(株式会社電通)× 柳沢翔氏(伊達事務所)後編


広告を押し上げるクラフトの底力

広告界の第一線を走る高崎卓馬氏が名作CMを振り返る連載コラム「高崎卓馬のCM温故知新」(2011年11月開始)。100回を迎えた同コラムの特別編として、ポカリスエット「でも君が見えた」篇をはじめ圧倒的な映像表現が国内外で高く評価されている演出家の柳沢翔氏を迎えて対談を行った。優れた広告を生み出すためのおふたりの考え方とは。
(収録:2021年6月14日)
【 CM INDEX 2021年7月号に掲載された記事を2回に分けてご紹介します。(後編)】

予定調和を破る大反転こそが広告の醍醐味

柳沢:広告を見ていて高崎さんの仕事だと分かる瞬間があるんです。ポータークラシック※4のブランデットムービーもそのひとつです。宇宙飛行士の男性と地球で帰りを待つ女性という遠く離れた恋人同士の会話で展開するもので、見終えると「SASHIKO」シリーズの特徴である藍色の生地と刺し子が宇宙の星に見えてくる。思いを縫い込むという刺し子の特性がブランドの孤高の存在感ときれいに重なるんですよね。監督が林響太朗くん※5なので、プロットとディレクションの境目が気になりました。
高崎:実は当初、死に別れた恋人の服を大事にしている女性の物語だったんです。友人でもあるポータークラシックの吉田玲雄さんから撮影の直前に「申し訳ないけれど死にまつわる表現は避けられないか」と相談を受けました。全部を変えようかと悩みましたが、ストーリーは変更せず言葉を変えることに決めて現場を動かし、ナレーションを後から作り変えました。言葉から死は消えているけれど、それがどこか漂っているというか。結果論ですがそういう面白い定着になっています。多分、それを感知してもらえたんじゃないでしょうか。
柳沢:理屈ではなく、深層に別の要素があるという構造によって物語に奥行きが生まれているんですね。これは小説や漫画にはない、映像の強みかもしれない。新しい公式に出会ったような気がします。
高崎:パフォーマンスグループのコンドルズの方から、曲に合わせて振り付けを決めた後で音楽をまるごと差し替えると、振りと音楽にずれが生じて面白くなると聞いたことがあります。
柳沢:音楽の手法でいえば、サンプリングしたものをリミックスしてまったく新しい曲にしてしまうようなイメージでしょうか。広告の場合、音楽の使い方ひとつでも、クラシックが定石だったものにダンスミュージックを乗せてみようとか、あらゆる表現を実験できる土壌があって、見る人もそれを楽しんでくれる。僕が広告を好きな理由はそこなんですよね。広告の文化として、予定調和を破る大反転が歓迎されている。
高崎:この世界に入った頃、テレビは圧倒的にメジャーで、だからこそニッチなことをやればそれだけで目立てた。僕のようなサブカル好きがどこまでエッジの効いた表現ができるかを競っていた感じもあった。でも今はまったくそうじゃない。メディアの意味は変わる。当然そこで機能するものも変化する。この間、佐藤雅彦さん※6との対談で「昔はベルトコンベアのように決まった仕組みの中で表現を磨けば良かったけれど、最近は工場から作るようなものだから大変だね」という話になりました。
柳沢:今って出口がたくさんある状態というか、各メディアに合わせて表現を設計しなくてはいけないですよね。ウェブもブランデッドムービーだけでなくSNSといった膨大な種類がある中で、どう設計されているのでしょうか。
高崎:全部の行程を丁寧にやるしかない。これはもう仕方ない。面白いものを作ったら、それに気づいてもらう仕組みを開発して、それを面白がる土壌を作って、それを育てないと結果にたどり着かない。起点をどこにするか、そういうことも大事だったりします。テレビはまだもちろん効果を生む道具だけど、それをどういう意味で使うかを考えないといけない。まあでも世の中の動きを見て自分なりに作った仮説を実証するというプロセスがもともと好きなので、全然辛くないけど。例えばテレビは「リビングに置かれたサイネージパネルだったら」という仮説を立てると、その回路で適正な秒数を導き出したり、表現を鋭くしたりするためのアイデアが生まれることもある。
 『オートリバース』という小説を書いている途中で、同じシーンを映画のシナリオやラジオの台本にしてみたんです。誰にも頼まれてないのに。そこで「映像にしか許されてない表現がこんなにあるんだ!」とあらためて発見したんです。時間の軸、音楽、インサート、いろいろな手法があることを肌で感じました。
柳沢:狂気ともいえるエネルギーですね(笑)。
高崎:狂気といえばポカリスエットの「でも君が見えた」※7。熱量が異常ですよね。そしてその背景、つまり「ビハインド ザ シーン」を多くの人がシェアしている。その構造には今の広告を面白くするためのヒントがあると感じています。映像の中ではドアの両側がカーブしているところが気になったのですが、あれはなんで?
柳沢:実は単純な理由です。ドアを開けて走りだすシーンがちょうど30秒目で、僕の公式だと視聴者がそこで飽きてしまうため、ビジュアルにインパクトを持たせたかった。それで意図的にドアを歪ませているんです。
 また企画段階で「逆走」は決まっていたので、演出プランは「アゲインスト(逆風)」をテーマに進めました。実は挑戦してみたい風の表現があり、テストを繰り返したのですが、イメージ通りにならなかったため、廊下を波打たせることでアゲインストを表現することにしたんです。
※4. ポータークラシック:『SASHIKO』シリーズをテーマにした4分4秒のブランデッドムービーで、宇宙飛行士の恋人の帰りを待つ女性を桜井ユキが演じた。桜井と宇宙ステーションに滞在中の恋人が「宇宙ってさ、どんなところ?」「暗くて深い海の底みたい、かな」などと会話を交わすもので、恋人の服の穴を刺繍で繕う桜井や、同ブランドの服が作られる様子などを映し、「まさか、宇宙と恋愛するなんて。」のコピーで締めくくった。
※5. 林響太朗氏:橋本環奈と浜辺美波が女子高生を演じた『NTT DOCOMO』の「カンナとミナミのアルバム」篇、柳楽優弥や佐藤健が出演するマンダム『ギャツビー』、井浦新らを起用したホンダ『VEZEL』のCMのほか、高崎氏の作品ではサントリー『知多』のウェブムービー「ベランダの風」で演出を担当。CM以外にNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のオープニング映像、さまざまなアーティストのMVを手掛ける。
※6. 佐藤雅彦氏:電通を経て現在は東京藝術大学大学院 映像研究科教授を務める。湖池屋の『スコーン』や『ポリンキー』、『ドンタコス』、NEC『バザールでござーる』、サントリー『モルツ』など、商品名を繰り返す歌で展開するヒットCMを多数世に送り出した。CM以外にもゲームソフト『I.Q.』やNHK Eテレ『ピタゴラスイッチ』『考えるカラス』の監修のほか、1999年に大ヒットした『だんご3兄弟』では企画・作詞を担当。
※7. 「でも君が見えた」:中島セナが友達のところへ向かって校舎の中の波打つ廊下をほかの生徒とは逆方向に駆け抜けるストーリーで、「手をのばそうよ。届くから。」をコピーに展開。BGMに使用したBiSH のアイナ・ジ・エンドとROTH BART BARONの三船雅也によるユニット「A_o」の『BLUE SOULS』や、全長85mの巨大な美術セット、CGを使用せずにワンカットで撮影されたファンタジックな映像表現が話題を集めた。

広告に関わる一人ひとりの熱量が表現の質を左右する

高崎:とにかくクラフト力が圧倒的ですよね。CGを使わないという決断が大きかったと思います。
柳沢:僕も実写で撮りたいと考えていましたが、最終的に強く希望したのはクライアントでした。ポカリスエットはフィジカルな商品だから、実写が良いと言ってくれたんです。数年前まではCGを多用した映像を多く作っていましたが、グリーンバックで撮影すると画角のひとつをとってもどうしても実写とは手触りが異なる仕上がりになる。映像に臨場感が生まれないだけでなく、スタッフの熱量も上がりきらない気がします。
高崎:スタッフ一人ひとりの熱量は広告の質を左右しますよね。仕事に関わるすべての人が心から楽しいと思えた方が絶対的に良いものになる。制作の打ち合わせでよく映画のビハインド ザ シーンを見たり、黒澤映画の編集について意見を交わしたりとか、いろんな話をすることが多いですね。それはスタッフ全員にモチベーション高く現場に入ってもらいたいからだったりします。
— 広告だけが持つ可能性について
柳沢:高崎さんは広告だけでなく多彩な創作活動をされていますが、仮説を検証し続ける姿勢は同じなんですね。
高崎:広告が教えてくれたことはすべてに対応できる気がします。それだけ広告って総合的なものなんでしょうね。15秒でも映画より大きなものが描けると信じているし、2時間あれば普通のCMより物が売れるものを作れると思うし、小説という体裁の広告もあっていい。基本的に制約がアイデアを連れてくると思う、合気道型の脳ミソなんで。

広告は時代や空気を含む文化
豊かな表現を作り続ける意識を

柳沢:僕も映画を撮りましたが、自分は日本映画界の文脈の中で語られる方々とは明らかに違う、広告の人間だと悟った瞬間がありました。『サントリー烏龍茶』※8の昔のCMで、中国人のキャビン・アテンダントの女性が風で飛んだ帽子を追いかける作品があって、BGMに『鉄腕アトム』の主題歌の中国語バージョンが使われているんです。その“外しの美学”に心を打たれて、自分のやりたいことがそこに全部あると感じました。あの感動は広告以外では生まれなかったと思います。
高崎:広告は文化です。もちろんマーケティングのツールではあるけれど、それだけじゃない。発信された後はそれを受け取った人のものです。その時点で文化になる。時代や空気を含んだものなのだから当然です。僕らがいいものを作り続けないと、広告という土地がやせてしまう。広告が好きなのでそうならないようにという意味でも、その責任があることを忘れずにいたいです。あとは相変わらず時代が激しく変化する中で、ちゃんと仮説を持って意識を明確にして生きていきたいですね。
柳沢:僕もひとつ作り終えるたびに「もう一歩先に行きたい」と感じますし、試してみたい表現が無数にあるんです。日常の中で吸収したエッセンスや発見をもとに自分の中の公式をアップデートし、これまで世の中になかったものを作り出していきたいです。
※8. サントリー烏龍茶:アニメ『鉄腕アトム』の主題歌を中国語で歌うCMソングをバックに、客室乗務員の女性たちを描いた1997年放送の作品で、前田良輔氏が企画、演出を担当。機体へ向かう途中、ひとりの女性の帽子が風に飛ばされて転がり慌てて取りに行く姿や、その様子を建物から眺めていた同僚に彼女らがあいさつしてタラップを上がる姿を「上を向いて、きれいになる。それゆけ私」という語りとともに映した。
高崎卓馬氏 株式会社 電通 エグゼクティブ・プロフェッショナル クリエーティブディレクター
1969年福岡県生まれ。早稲田大学法学部卒業。2002年クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞、2010年・2013年クリエイター・オブ・ザ・イヤー。TCCグランプリ、ADFESTグランプリ、カンヌなど国内外で受賞多数。著書に『表現の技術』(朝日新聞出版)、『面白くならない企画はひとつもない』(宣伝会議)、小説『はるかかけら』『オートリバース』(ともに中央公論新社)など

柳沢翔氏 伊達事務所 映像ディレクター
多摩美術大学美術学部油画専攻卒業。 カンヌ国際広告祭、ClioAwards、One Showフィルム部門ゴールド、ACC ベストディレクター、ADFESTグランプリほか受賞多数。海外ではPRETTY BIRD(US)、 RSA film(UK)、DIVISION(FR)所属。
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