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高崎卓馬のCM学校 高崎卓馬氏(株式会社電通)× 柳沢翔氏(伊達事務所)前編


広告を押し上げるクラフトの底力

広告界の第一線を走る高崎卓馬氏が名作CMを振り返る連載コラム「高崎卓馬のCM温故知新」(2011年11月開始)。100回を迎えた同コラムの特別編として、ポカリスエット「でも君が見えた」篇をはじめ圧倒的な映像表現が国内外で高く評価されている演出家の柳沢翔氏を迎えて対談を行った。優れた広告を生み出すためのおふたりの考え方とは。
(収録:2021年6月14日)
【 CM INDEX 2021年7月号に掲載された記事を2回に分けてご紹介します。(前編)】
 ※後編は7月30日(金)に公開

— 演出をするときのポイントとは
高崎:ポカリスエットの「NEO合唱」くらいから、メイキングの映像を「ビハインド ザ シーン」と呼んでひとつのコンテンツのように意識的に公開している感じがします。世の中の関心を喚起してもうひとつのコンテンツで応えるというやり方が話題を大きくする効果を生んでいる。相鉄グループの「100 YEARS TRAIN」※1もそうですが、柳沢さんの仕事は思わず「どうやって作ったのか」と知りたくなる。クラフト的な工夫はどんなことを意識していますか?
柳沢:コンテは3秒ごとの展開をグラデーションのように積み重ねるイメージで描いていくんです。例えば映像を「黒」の次に「白」、そして「チェック柄」とパターン化し、それを3秒ずつ見せてから2巡目は同じ色のパターンでも平面ではなく立方体で見せるなど、同様の繰り返しと思わせてまったく別の要素を入れるといった方法で、見ている人がある程度予測できる流れを作ってから裏切る。さらにその裏切りをレベルアップさせていくことを意識しています。それが必然的に映像としての濃度を上げているのかもしれない。そういう自分なりの「公式」を作りながら試行錯誤をしています。
高崎:なるほど。ウェブ動画を作る場合、早めに「態度の確立」をする意識を強く持っています。それは「これってどういうつもりで見ればいいの?」「どのくらいのものを見させられているの?」「何を楽しめばいいの?」という視聴者の最初の入口のことなんですが、3秒のリズムに乗せて、どこかで裏切るというのも同じ気がします。映像の生理みたいなものですね。そのあたりが甘いと、どうしても期待外れな後味の原因になる。
柳沢:僕は映像への思い入れが強いせいか、リズムや間を編集しようとすると客観視できないことがあり、何が正解か分からなくなるんです。なので基本的にはワンカットで撮りたい。ワンカットという制約があることでカメラの導線や画角も秒数の関係で「ひとつの画面にふたりの人物を入れよう」と自然と決まり、テンポや必要な要素の取捨選択がしやすくなりますから。
高崎:それは気がつかなかった。映像の熱量を上げてほかと違う見え方にするための負荷としてあえてワンカッ
トを選択しているのかと思っていました。
※1. 相鉄グループ「100 YEARS TRAIN」:2019年に相鉄線とJR線の相互直通運転が始まることを記念して制作されたウェブムービー。二階堂ふみと染谷将太が大正・昭和・平成・令和とそれぞれの時代で同じ電車に乗り合わせる男女を演じた。くるり『ばらの花』とサカナクション『ネイティブダンサー』をマッシュアップしたカバー曲がBGMに使用され、映像表現とともに話題となった。

名作には奇跡が映っている
必要なのは「見て良かった」という読後感

柳沢:一方で芝居ものになると、セリフの一つひとつを何度も撮影してから編集する方が楽なんです。以前、高崎さんに教えていただいた関谷宗介さんの『プロッキー』(三菱鉛筆)のCM※2を見たときに、ほぼワンカットであれだけのセリフの応酬を見せられるものなのかと驚きました。関谷さんは自分とは全然違う技法で勝負されているというか、とにかく圧倒的な存在です。前田良輔さん※3のお仕事のスタイルも似ているのでしょうか。
高崎:関谷さんは魔物だよね。そもそもの作り方が誰とも違う。演出コンテもほかの監督とはまったく違う。作るたびに既存の文法にはない独自の文法を編み出しているというか、毎回衝撃を受けます。絵コンテ通りに撮ることよりも、すべての段階でもっといい答えがあるんじゃないかと疑い続けることを前提としている。それに付き合うのは覚悟が必要だけど、そうしないとあれは手に入らないから。前田監督もそこは同じな気がする。アプローチは全然違うし、現場は徹底したリハーサルを繰り返して作られるけど、当初の意図や準備にかけた労力は一切関係なく、今ここでしか起こり得ない何かを捉え、人の心をつかむ映像に仕上げていく。視聴者に「こんなにすごいものを見せてくれてありがとう」と思われるという、広告にとって一番幸せな形を手に入れる。それが最優先にある。 
柳沢:そういう人間の生理みたいな部分で撮るというのは相当な技術を要しますね。場を掌握する力量や経験がないと成り立たない気がします。
高崎:『男はつらいよ』の名場面で“メロン騒動”というのがあります。メロンをみんなで食べているところに寅さんが帰ってきて「ひとついただこうじゃねぇか」と言うんだけど、妹のさくらが「ひとくちしか食べてないから」とメロンを差し出す。みんながそれに続くものだから寅さんが自分を勘定に入れていなかったのかと説教を始めて、どうにも収まりが付かなくなってしまう。登場人物がひとつの画面に収まる長回しのシーンでは、大きなスクリーンだと役者一人ひとりの細やかな視線の動きや絶妙な表情の変化が見て取れて、まるでジャズバンドのライブなんです。渥美清さんのアドリブも含めた動きにキャストの皆さんが瞬時に反応を返していく。奇跡の瞬間を切り取ったようなすごみがあって、何度見ても圧倒される。人間の奥底にあるものは時代を経ても変わらないと感じますね。こういう瞬間は計算して起こせる訳ではないけれど、間違いなく表現を強くする。
柳沢:僕が得意とするのは絵画的な表現方法ですが、今話していて徹底的に作り込んだ世界の中で生まれる即興にも興味が湧きました。寅さんのこの場面には再現性のない奇跡が映っているんですね。
※2. プロッキー:三菱鉛筆が1980年代後半にオンエアしたCM。杉浦直樹らが演じる複雑な関係の4人家族がリビングの小さなテーブルを囲み、水性ペン『プロッキー』で紙に文字や記号などを書きながら会話する場面を映したシリーズCM。発色の良さや裏写りせず書けるといった商品特徴を4人のギクシャクした会話に織り交ぜ、コミカルに訴求した。
※3. 前田良輔氏:穏やかに過ごす中国の人々を描いた『サントリー烏龍茶』をはじめサントリーのCMを多数手掛ける。『ボス』とKDDI『au』などによるコラボCMや大塚食品『カロリーメイト』の「がんばれワカゾー!」シリーズのほか、高崎氏の作品では三浦友和と榮倉奈々が親子を演じたサントリー『オールフリー』、リチャード・ギア起用の『オランジーナ』などを担当。

広告はエンタメであるべき
ユーモアと視点の温かさが大切

— 人の心をとらえる広告とは
高崎:海外の事務所にも所属されていますが、海外と日本にどのような違いを感じますか。
柳沢:日本では表現そのものよりも核となるテーマに比重が置かれていると感じます。一方、特に欧米はエンタメとして優れているかどうかで評価が分かれる。海外ではテーマやメッセージがいかに優れていても、エンタメとして成立していないと見てもらえません。
高崎:それは大事なことかもしれない。正しいことや強いメッセージを伝えたいときこそ、ユーモアや視点の温かさがあったほうがいいですよね。人間と同じですね。最近「仮想敵」っていう言葉がちょっと苦手で、少し前まではみんな同じ枠の中にいたからそういう発想をしていても大丈夫だったんだけど、今は違う価値観の衝突が起きすぎているというか。その衝突を作ることで話題になるようなコミュニケーションは結果、誰も幸せにしていない感じがします。広告ってやっぱり誰かを幸せにするためにあってほしい。
高崎卓馬氏 株式会社 電通 エグゼクティブ・プロフェッショナル クリエーティブディレクター
1969年福岡県生まれ。早稲田大学法学部卒業。2002年クリエイター・オブ・ザ・イヤー特別賞、2010年・2013年クリエイター・オブ・ザ・イヤー。TCCグランプリ、ADFESTグランプリ、カンヌなど国内外で受賞多数。著書に『表現の技術』(朝日新聞出版)、『面白くならない企画はひとつもない』(宣伝会議)、小説『はるかかけら』『オートリバース』(ともに中央公論新社)など

柳沢翔氏 伊達事務所 映像ディレクター
多摩美術大学美術学部油画専攻卒業。 カンヌ国際広告祭、ClioAwards、One Showフィルム部門ゴールド、ACC ベストディレクター、ADFESTグランプリほか受賞多数。海外ではPRETTY BIRD(US)、 RSA film(UK)、DIVISION(FR)所属。
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