グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



TOP >  インタビュー・コラム >  高崎卓馬のCM温故知新 >  vol.97 わかりやすさという麻薬

vol.97 わかりやすさという麻薬


 オンエアで何度も見ていたせいか、当時はそのあまりに詩的な映像に慣れてしまった自分がいた。とくに意味を解読しようともせずに感覚的に受け止めてそのままにしていた。でもその鮮烈さは「コピーは、mita」というシンプルな言葉をずいぶん身体の奥のほうにまで届けたことは間違いない。忘れられない夢のようで。どこか企業の道楽のようなコマーシャルと思っていたのかもしれない。当時はそういうものがまだいくつかあった気がする。あらためてこのCMを見直すと今の僕らに足りないものが濃縮されている気がする。
 ここにあるのは豊かさだ。きっと表現のコンセプトには「イマジネーション」とかそういう言葉があったんだと思う。プレゼンではそういう会話があったんじゃないだろうか。「コピー機は単なる複写機ではなく、可能性をつくるマシンなのだ。」そんな言葉を想像する。そこまでは、今でもできる。企画書にそういうコンセプトを書くこともできる。でも今の僕らはこれを一切映像で言わずに、表現に定着させられるだろうか。なかなか難しい気がする。最後のタグラインに想像力がうんぬんかんぬんとか、この映像のコンセプトはこういうことです、的な言葉をどうしてもいれる気がする。下手をするとその種類の言葉をCMの冒頭にいれたりしそうだ。
 わからない人恐怖症みたいなものがこの業界にはある。たしかにクレームのきっかけは「わからない」から始まる不快感だからある程度は仕方ない。でも、一番言いたいことを言わずに伝えることを企画と呼ぶのではないか。そのことを僕らはいつから忘れてしまったんだろう。わかりやすくなきゃいけない。わかりやすくつくればひとは動く。そういう思い込みがいつからか浸透してしまった。それは結果的に広告という表現をどんどん稚拙なものにしていないだろうか。
 ある種のわかりにくさは、視聴者の想像力を刺激する。ある種のわかりにくさは、VRに勝る没入感の入口になりえる。わかりにくさ加減の適切なコントロールこそがクリエイティブのスキルだったのかもしれない。これが100万円の制作費で、100億の効果をつくる魔法の正体だったのかもしれない。僕たちはもう一度、魔法を取り戻さなければいけないんじゃないだろうか。



三田工業(当時)/DC-A0/「クルマ」篇 1990年1月オンエア開始
『Tenderly』をBGMに、高層ビル街の上空から宙を舞うように次々と落下していく車を眺める阿川泰子に「夢の続きはいかがですか」などの語りを重ね、「コピーは、mita」のナレーションで締めくくった。

【主な制作スタッフ】
広告会社:電通
制作会社:電通プロックス
企画:堀井博次/田井中邦彦/石井達矢
プロデューサー:喜多村敬志
演出:瓦林智
撮影:田原耕治郎
照明:設楽信義

(CM INDEX 2021年2月号掲載)