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vol.92 “この木なんの木”に敗北感の花が咲く


 子どもの頃、このCMが苦手だった。日立の「この木なんの木」だ。我が家のチャンネル権は完全に父親のものだった。どんなに見たいものがあっても父親が首を縦に振らなければ見ることはできなかった。野球のときはひょうきん族を我慢しなくてはいけなかった。見たくもないクイズ番組を見せられて回答者より先に答えさせられたり、たまにアニメを見ると「今の物語は何が言いたかったのか?」と教師のようなうんざりする質問をぶつけられた。
 このCMは、そのときの挫折感の象徴だ。60秒もあるのだからその隙に他のチャンネルをちらっとでものぞきたいのに、それも叶わない。天邪鬼な父親は懇願すればするほど駄目だと言う。まあ一度でも他のチャンネルに見たい番組を見つけたらオンオン泣いてめんどくさくなるに決まっている。今の僕が当時の父親の立場なら同じことするだろう。ふてくされていると「この木はなんの木かわかるか?」とかとんでもないことを聞いてくる。どういう機嫌のとりかただ。わかんないからそう歌っているんだろうに。なんで会社の名前を並べて木を映してるのか。子どもには理解できなくて、とにかく憂鬱だった。父親不在のときは兄妹間でもチャンネル争いは熾烈だった。5歳違うし、性別も違うから見たいものが違う。「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」という一言で何度敗北したことか。チャンネルを回すつまみを外して隠した記憶があるが、もしかしたら外されて変えられないようにされていたのかもしれない。うちの父親ならありえる。
 チャンネル争いという言葉を耳にすることはもうなくなってしまった。うちのテレビはまるごと過去番組を収録してある。つまり見たいときにいつでもさかのぼれる。何を見るかに執着する気持ちは今やゼロに近い。むしろ食事のときに娘の見たいものを一緒に見て、いろいろ吸収したりもしている。あのなんとも言えない敗北感は何かの役に立っているのだろうか。心というものはいろんな経験をしてその筋肉をやわらかくするものだとしたら、まあきっと何かの役には立っているのかな。初めてのハワイロケでコーディネーターの方に「ほら、あれが“この木なんの木”の木ですよ!」と言われたとき、なんだか宿命のライバルに数十年ぶりに出会ったような懐かしい気持ちになった。



日立グループ/「虹」篇 2005年7月オンエア開始
1970年代開始のシリーズで、「♪この木なんの木 気になる木」という歌に乗せて、左右に枝を広げた大樹を背景にグループ企業の社名を映していく。CMに登場するハワイの“モンキーポッド”が話題となった。

【主な制作スタッフ】
広告会社:日立インターメディックス
制作会社:東北新社
CD:久本敦資
企画・コピー・演出:小野田玄
プロデューサー:細貝弘一/大出雅夫
曲名:日立の樹
作詞:伊藤アキラ
作曲・編曲:小林亜星

(CM INDEX 2020年8月号掲載)