JAC AWARD 2024 グランプリ受賞者&審査委員長インタビュー
一般社団法人 日本アド・コンテンツ制作協会(JAC)が主催する『JAC AWARD』は映像文化の発展を目的に、映像クリエイターの発掘・人材の育成・映像技術の向上や若手のモチベーションアップを図り、制作サイドの見地から表彰を行う賞として2007年に設立された。2024年度は『JAC AWARD 2024 表彰式&XmasParty』を12月19日に開催。グランプリ受賞者やメダリストが集まり、活況を呈した。本特集では各部門のグランプリ受賞者8名(9部門)に、受賞対象となった仕事の概要や広告制作に携わる上で大切にしている考え方、今後挑戦したいことについてコメントをいただいた。また審査員長を務めたなかじましんや氏に本アワードの審査の感想や、制作現場の在り方についてお聞きした。
【 CM INDEX 2025年3月号に掲載された記事をご紹介します。】
プロデューサー部門
立場を超え一丸となることが広告制作の醍醐味
前回、2次審査で敗退となるも、とある審査員の方から励ましの手紙をいただき、プロデューサーとして成長しようと決意しました。本作にはクライアントの社員の方々とそのお子さんが出演し、ワンカットの制約の中で細かな動作を合わせる必要があったため、振り付けの練習会を開くなど、楽しみながら能動的に参加できる工夫を重ねました。参加者の方が「良いカットをつなげばいいのでは?」と質問したところ、スタッフに「一気に最高最良の撮影をするために通しで撮影しているのです」と返され感動されたそうです。こうした立場を超え一丸となったからこそ生まれた言葉に感激し、これがチームで作る醍醐味だと実感しました。今後も個の可能性、チームの力を最大限に引き出し、多くの人の心に響く作品をプロデュースしたいです。
プロデューサー部門/ベストプラクティス部門
誰もやったことがないもの誰も見たことがないものに挑戦
『ビビデバ』のMVはVTuberの星街すいせいさんの撮影現場をモチーフに“実写ベース、ワンカットで舞台裏を映す”という攻めた企画でした。限られた予算の中、制作期間は1カ月。たどり着いたのが360度カメラでした。デジタル上でカメラワークをつけることができ、ワンカット風に舞台と舞台裏を見せられ、美術セットを作るよりクオリティーが上がります。ただ初めての試みだったので、手探りの中での制作でした。結果、海外でもバズり、YouTubeの再生回数は1億を超えました。ただ映像を作るのが好きで、不器用に泥臭く頑張ったことが評価されてうれしかったです。予算がなくても、アイデアと熱量があれば面白い映像は作れると示せたと思います。“誰もやったことがない”や“誰も見たことがない”ものに、これからも挑戦したいです。
プロダクションマネージャー部門
アイデアの発信と実現でクオリティーアップを目指す
受賞作品において私らしく挑戦したことはアイデアの発信と実現です。「ロケ→スタジオ撮影に方針転換「」振付師のリサーチ〜直談判してアサイン」「ブルドーザーで砂山を盛って背景を作る」といった画に直結するアイデアを出し、イニシアチブを取ってスタッフを巻き込み形にできたことが作品のクオリティーアップにつながったと感じています。多くの方にダイワマンシリーズをエンターテインメントとしてCMを楽しんでいただけることは私の本望です。本部門のグランプリは目標のひとつだったので、広告・映像業界に従事するものとして着実なステップアップを実感することができました。審査員の皆さまからコメントをいただき、井の中の蛙とまでは言わないですが大海に出てみて得るものもあり、自信につながりました。
プロダクションサポート部門
岩井 泰樹 氏
株式会社電通クリエイティブピクチャーズリサーチャー/アワードマネージャー
株式会社電通クリエイティブピクチャーズリサーチャー/アワードマネージャー
1997年生まれ、千葉県出身。2020年に電通クリエーティブX(当時)入社。リサーチャー兼広告賞エントリーのサポートを主に担当。「自らの精進なくして人のサポートは成らず」がモットーです!
「広告賞チーム」アワードエントリー
広告賞エントリーにかかる制作部の労務を“極限まで” 減らすことを目指し、ナレッジの蓄積や管理体制の構築などを図り、年間約1550時間の労務削減を達成した。
プロジェクト発足から3年半多くの感謝の声が励みに
本施策は、広告賞エントリーにおける制作部の負担を極限まで減らすことを目的に始まりました。社内手続きのフローから、国内外の広告賞の部門・カテゴリーのセレクト、必要な準備物のまとめなど、エントリーに関わるすべての作業をサポートしています。チームの立ち上げ以来、地道に試行錯誤を重ねながら築いてきた社内施策が、こうして日の目を浴びたことに感無量です。また審査員の皆さまをはじめ、業界でご活躍されている多くの方々からお褒めの言葉をいただけたことが何よりも光栄でした。発足から約3年半、締切に間に合わなかった作品は0件を継続中で、感謝の声を多くいただき励みになっております。今後は受賞確率を高めるケースフィルムの研究など、より充実した戦略的なサポートを目指してまいります。
プロダクションサポート部門
大岡 俊彦 氏
株式会社電通クリエイティブピクチャーズディレクター
株式会社電通クリエイティブピクチャーズディレクター
1997年電通テック(当時)演出部入社。演出に加えて、プロダクションサポートを担当。ディレクターとしての代表作はクレラップ、ハウス北海道シチュー、映画『いけちゃんとぼく』。
なるほど! 実践塾
一気通貫して現場を仕切る機会が減っているという課題に対し、若手PMが職種の異なるスタッフから「レンズ」「ロケハン」などの技術を学ぶ取り組みの様子。
実際に手を動かすことで技術力や作業効果を実感
「若手制作部に技術を教えよう」までは誰もが考えると思いますが、「誰が、何を、どのくらいまで、どれだけの量を」に関しては選定がとても難しく、苦労のあったところです。座学でやってみてもさっぱり分からないということが多いので「、なるほど!実践塾」と題した場を設け、実際に手を動かしてカメラのレンズを変えてみたり、照明を動かしたり、カット割りを変えてつなぎ直したり、音楽やSEを当て直したり、カラコレを実際に体験したりして、スタッフの技術力や作業の効果を実感できたのが良い点だったと思います。また開催に至るまでは各所の調整や根回しがなかなか難しく、裏方で動いてくれた先輩たちに感謝。受賞してから思ったよりたくさんの人に声を掛けられて、陰ながらの応援を感じました。継続していけたらいいですね。
プロダクションサポート部門
クラフト力とチーム力で新たな映像体験と感動を
私が所属するTech Labは360度映像の黎明期から最先端の技術を駆使し、大型展示映像や重要文化財のデジタルアーカイブに携わってきました。技術革新が進む中、制作会社として生成AIの活用は喫緊の課題だと感じ、知見の共有や気軽な情報交換の場として社内チャットを活用した「生成AI活用質問箱」を開設しました。福島節さんのMVでは「NeRFを使った新しい表現」という要望に対し、この質問箱を活用しながら技術の提案や検証、撮影サポートを行いました。今回の受賞は太陽企画の技術力や知見を結集させたクラフト力とチーム力のおかげです。今後はゲーム感覚で文化財の価値を知ってもらえるような子ども向けのインタラクティブコンテンツのほか、個人的に好きなキノコに関する作品も作ってみたいです。
ディレクター部門
自分なりの解釈を深め企画をチームの力で形に
「セキュリティ」とは何かと考え「すべての可能性を想定すること」と解釈しました。「悲劇が想定だけで終わるように人はあらゆる手を尽くす。特に親は、子の幸せを願うのと同じ数だけ悲劇も考えてしまうのではないだろうか」と解釈を深め、表現にしていきました。 普段は企画ばかりなので本当に形にできるか懐疑的でしたが、チームとして実現方法を一緒に考えてくれる人がいることで、その疑いがひっくり返る瞬間が何度もあり、興奮しました。 「子どもを持つ親なので分かる」という声をいただき、制作して良かったと思いました。また審査員の方に「この企画を演出したかった」と言われたことがとてもうれしく、最高の気分です。 私は「人が抱く後ろめたい感情」を描いた作品が好きなので、そうした感情に迫った企画を考えて演出したいです。
ディレクター個人応募部門
目線をポイントに普段できない表現に挑戦
授賞式で登壇したものの名前を呼ばれずさみしく思っていたら、最後の最後に発表されて驚きました。初めての応募でしたが、年齢制限的にも最初で最後になると思っていたので、受賞できたことに満足しています。よくあるCMのような作品ではなく、とにかく普段表現できない、あえて逆張りの作品を提出しました。あえてですよ(笑)。今回、最初から最後まで細かいお芝居の演出もしておりますが、「掛け合い」をあえて「カメラ目線」にしたことが一番のポイントで、私の得意な領域である“エモシュール”な作品にできたと思っています。なんかキモい感じとか狂気を感じるのって目線が合うことで助長できるなぁと。受賞後は一緒に仕事をしている方々からお祝いの言葉をいただき、「グランプリをとれて良かったぁ」と素直に思えました。
審査委員長インタビュー
なかじましんや 氏
なかじましんやオフィス
なかじましんやオフィス
CMディレクター/クリエイティブ・ディレクター
1959年福岡生まれ大阪育ちの江戸っ子。1982年武蔵野美術大学卒業、東北新社入社。代表作にカップヌードル「hungry?」、民放連「違法だよ!あげるくん」、リクルート「AirPAY オダギリジョー」など。カンヌグランプリなど受賞歴多数。武蔵野美術大学で客員教授を務めるなど後進の指導にも力を入れる。
1959年福岡生まれ大阪育ちの江戸っ子。1982年武蔵野美術大学卒業、東北新社入社。代表作にカップヌードル「hungry?」、民放連「違法だよ!あげるくん」、リクルート「AirPAY オダギリジョー」など。カンヌグランプリなど受賞歴多数。武蔵野美術大学で客員教授を務めるなど後進の指導にも力を入れる。
ー JAC AWARD 2024の審査を振り返って
JAC AWARDは優れた映像クリエイターの育成や広告業界の活性化を目的としたもので、理事会のほかにアワード委員会という組織があります。私は委員長として参加しており、若手クリエイターが目標とするような意義のあるアワードに進化させるべく、審査員の皆さんと一丸となって日々活動しています。
前年度は最終審査と同日に懇親パーティーを行ったのですが、スケジュールが過密すぎたという反省点がありました。そこで本年度は審査と発表・パーティーの日程を分けるとともに、会員社が審査状況をリモートで閲覧できるようにしたことで、これまで以上に深い議論や透明性の高い審査を行えたのではないでしょうか。また、いま一番脂が乗っている年代の映像制作者に審査委員を務めていただくことで、現場の視点を反映した審査結果になったと感じています。
贈賞式後に開催したクリスマスパーティーは、現場で働く映像制作者の皆さんが他のプロダクションの方々と交流していただくことを目的としています。私がまだ演出家として駆け出しだった頃、カンヌライオンズに行かせてもらったことがあるんですね。その際に海外の広告業界で働くさまざまな職種の方々と会話を交わす中で、この業界の素晴らしさを実感しました。今回のパーティーでは広告業界の魅力を再確認し、明るい盛り上がりを共有できる場にしたいと考え、さまざまな趣向を凝らした結果、多くの参加者にとって有意義で楽しい時間となったように思います。
審査を通して感じたのは、作品も応募者もレベルが上がっているということです。ディレクター部門は作品賞ですので、映像単体のクオリティーで評価できますが、プロデューサー部門やプロダクションマネージャー部門はその人ならではの魅力や仕事ぶりが評価されるため、自己紹介ビデオが重要となります。これまでも力のこもった編集に感心させられてきたのですが、今回は応募者の方々がカメラの前でも物怖じすることなく、タレントも顔負けの落ち着いた話しぶりに驚かされました。最近の若い世代はYouTubeやInstagram、TikTokといったSNSが日常の中にあり、動画を撮ることにも撮られることにも慣れているので、自分自身を力まずに表現できるんですね。贈賞式で登壇した際の話しぶりも堂々としていて、新世代への頼もしさを感じました。
メッセージを人に届けるための 演出力と企画力に優れた作品を評価
ーディレクター2部門のテーマは「セキュリティ」でした。受賞作の印象をお聞かせください
前回の「多様性」も良かったのですが、もう少し具体的な方がアイデアを出しやすいと考えました。「セキュリティ」は今の時代にフィットする切り口であり、広告制作に携わる多くの方々が日頃から意識している観点ですので、これを本質的に見つめ直すと何か新しい発見ができるのではないか。そんな期待を込めてテーマを設定しました。応募作を見ると、セキュリティを個人の問題として捉えた作品が多かったですね。いわゆる安全対策や防犯システムではなく、自分にとってのセキュリティにさまざまな形でアプローチした動画を見て、皆さんの豊かな発想力や感性に驚きました。作品に込めたメッセージが多くの人に伝わる表現となるよう力を尽くすことがディレクターの仕事ですので、本部門では演出力だけでなく、何を伝えるために映像を作っていくのかという企画力も評価されます。
ディレクター部門のグランプリには「ぜんぶ想定する。」が選ばれました。これは僕に限った話だと思いますが、実は一度見ただけではすぐに狙いを理解できなかったんです。事故や事件を連想させるスリリングな展開を「これは現実のできごとを描いているのか」などとハラハラしながら見ているうちにからくりが解け、幼い我が子を守りたいという父親の愛情がベースにあることが分かって、その優れた企画力と演出力に感銘を受けました。本作を手掛けた野上可鈴さんの職種はプランナーですよね。今回の受賞で企画力に加えディレクターとしての手腕も評価され、ますます活躍の幅を広げられるのではと思います。ディレクター個人応募部門のグランプリ「スキ」は主人公である学ラン姿の男の子が素晴らしかった。キャラクター賞といってもいいかもしれません。どこか憎めないこの少年の個性を生かしたストーリーが見ていて気持ちが良いんですよね。演者さんの個性を生かしたストーリー展開を作るのも演出家の才能ですよね。起承転結の作り方が上手く、最後のオチも効いていてやはり笑いを誘う作品は強いと思いました。プロデューサーは物事の捉え方が比較的ニュートラルであるのに対して、私自身も含めてディレクターはものすごく勝手な動物なんです。なぜならば自分ならではの独自のこだわりを元に、演技を付けたりカットをつないだりすることで作品の完成度を高めていくのが演出家の仕事なので。ですので審査会では実に多様な意見が飛び交いました。その中で評価の分かれ目だったのは「セキュリティ」というテーマの捉え方だったと思います。JAC AWARDは若手クリエイターの登竜門としても価値がありますので、グランプリとメダリストの方々がその才能をこれからも存分に発揮してくださることを期待しています。
企業と生活者の関係を作る広告制作 人間力を磨き続けることが必要
ー今後の広告作りや映像制作業界について
これまで以上に映像制作という仕事の価値が高まり、その魅力が社会に広く伝わることを期待しています。好況だったバブルの頃は制作予算が潤沢で物質的に恵まれていましたが、当時は良かったなどと嘆くのではなく、新しい時代に向けて広告業界全体が映像を通したコミュニケーションの本質的な魅力を再認識していくべきだと考えます。ここ十数年のメディア環境の進化に伴い、広告は目まぐるしい変化を遂げてきました。一方で、CMをはじめとした動画広告には単なる広告媒体としての価値だけでなく、企業と生活者をつなぐ役割があることは変わっていません。なかでも社会や人々の暮らしをより良くしようと取り組む広告主の志やサービスを伝え、企業と生活者の豊かな関係を築いていくことは、現代においても大変意味のあることではないでしょうか。
近年は広告の価値を利益や数字だけで計る風潮もありますが、広告のエンターテインメントコンテンツとしての側面も重要だと考えています。CMはバナナのたたき売りのようなもので、口上が面白いと「じゃあ買ってみようかな」と心を動かして、商品の売り上げを伸ばすこともできますよね。雷門から浅草寺までの仲見世通りにお店がなかったら寂しいように、CMは人々を楽しませて市のにぎわいを作ることもできる。縁日でにぎわうお祭りのように、明るい時代の空気を作り出せることがCMの大きな魅力だと考えています。
また最近は映像制作の領域でも生成AIの導入が進んでいます。ですがディレクターやプロデューサーの仕事は単純作業でなく、人間力が必要とされるもので、撮影現場のムード作りやキャストとのコミュニケーション、広告主とのタフな交渉といった役割をAIが代わってくれることはありません。人の心を動かす映像作り、そして広告を通して企業と生活者の豊かな関係を作ることは、今までもこれからも人間の仕事だと思います。若い世代を中心とした映像制作業界の皆さんが人間力を磨き続けることで新たな価値を作り出し、より良い社会の実現に向けて、業界としてより一層発展していくことを願っています。
JAC AWARDは優れた映像クリエイターの育成や広告業界の活性化を目的としたもので、理事会のほかにアワード委員会という組織があります。私は委員長として参加しており、若手クリエイターが目標とするような意義のあるアワードに進化させるべく、審査員の皆さんと一丸となって日々活動しています。
前年度は最終審査と同日に懇親パーティーを行ったのですが、スケジュールが過密すぎたという反省点がありました。そこで本年度は審査と発表・パーティーの日程を分けるとともに、会員社が審査状況をリモートで閲覧できるようにしたことで、これまで以上に深い議論や透明性の高い審査を行えたのではないでしょうか。また、いま一番脂が乗っている年代の映像制作者に審査委員を務めていただくことで、現場の視点を反映した審査結果になったと感じています。
贈賞式後に開催したクリスマスパーティーは、現場で働く映像制作者の皆さんが他のプロダクションの方々と交流していただくことを目的としています。私がまだ演出家として駆け出しだった頃、カンヌライオンズに行かせてもらったことがあるんですね。その際に海外の広告業界で働くさまざまな職種の方々と会話を交わす中で、この業界の素晴らしさを実感しました。今回のパーティーでは広告業界の魅力を再確認し、明るい盛り上がりを共有できる場にしたいと考え、さまざまな趣向を凝らした結果、多くの参加者にとって有意義で楽しい時間となったように思います。
審査を通して感じたのは、作品も応募者もレベルが上がっているということです。ディレクター部門は作品賞ですので、映像単体のクオリティーで評価できますが、プロデューサー部門やプロダクションマネージャー部門はその人ならではの魅力や仕事ぶりが評価されるため、自己紹介ビデオが重要となります。これまでも力のこもった編集に感心させられてきたのですが、今回は応募者の方々がカメラの前でも物怖じすることなく、タレントも顔負けの落ち着いた話しぶりに驚かされました。最近の若い世代はYouTubeやInstagram、TikTokといったSNSが日常の中にあり、動画を撮ることにも撮られることにも慣れているので、自分自身を力まずに表現できるんですね。贈賞式で登壇した際の話しぶりも堂々としていて、新世代への頼もしさを感じました。
メッセージを人に届けるための 演出力と企画力に優れた作品を評価
ーディレクター2部門のテーマは「セキュリティ」でした。受賞作の印象をお聞かせください
前回の「多様性」も良かったのですが、もう少し具体的な方がアイデアを出しやすいと考えました。「セキュリティ」は今の時代にフィットする切り口であり、広告制作に携わる多くの方々が日頃から意識している観点ですので、これを本質的に見つめ直すと何か新しい発見ができるのではないか。そんな期待を込めてテーマを設定しました。応募作を見ると、セキュリティを個人の問題として捉えた作品が多かったですね。いわゆる安全対策や防犯システムではなく、自分にとってのセキュリティにさまざまな形でアプローチした動画を見て、皆さんの豊かな発想力や感性に驚きました。作品に込めたメッセージが多くの人に伝わる表現となるよう力を尽くすことがディレクターの仕事ですので、本部門では演出力だけでなく、何を伝えるために映像を作っていくのかという企画力も評価されます。
ディレクター部門のグランプリには「ぜんぶ想定する。」が選ばれました。これは僕に限った話だと思いますが、実は一度見ただけではすぐに狙いを理解できなかったんです。事故や事件を連想させるスリリングな展開を「これは現実のできごとを描いているのか」などとハラハラしながら見ているうちにからくりが解け、幼い我が子を守りたいという父親の愛情がベースにあることが分かって、その優れた企画力と演出力に感銘を受けました。本作を手掛けた野上可鈴さんの職種はプランナーですよね。今回の受賞で企画力に加えディレクターとしての手腕も評価され、ますます活躍の幅を広げられるのではと思います。ディレクター個人応募部門のグランプリ「スキ」は主人公である学ラン姿の男の子が素晴らしかった。キャラクター賞といってもいいかもしれません。どこか憎めないこの少年の個性を生かしたストーリーが見ていて気持ちが良いんですよね。演者さんの個性を生かしたストーリー展開を作るのも演出家の才能ですよね。起承転結の作り方が上手く、最後のオチも効いていてやはり笑いを誘う作品は強いと思いました。プロデューサーは物事の捉え方が比較的ニュートラルであるのに対して、私自身も含めてディレクターはものすごく勝手な動物なんです。なぜならば自分ならではの独自のこだわりを元に、演技を付けたりカットをつないだりすることで作品の完成度を高めていくのが演出家の仕事なので。ですので審査会では実に多様な意見が飛び交いました。その中で評価の分かれ目だったのは「セキュリティ」というテーマの捉え方だったと思います。JAC AWARDは若手クリエイターの登竜門としても価値がありますので、グランプリとメダリストの方々がその才能をこれからも存分に発揮してくださることを期待しています。
企業と生活者の関係を作る広告制作 人間力を磨き続けることが必要
ー今後の広告作りや映像制作業界について
これまで以上に映像制作という仕事の価値が高まり、その魅力が社会に広く伝わることを期待しています。好況だったバブルの頃は制作予算が潤沢で物質的に恵まれていましたが、当時は良かったなどと嘆くのではなく、新しい時代に向けて広告業界全体が映像を通したコミュニケーションの本質的な魅力を再認識していくべきだと考えます。ここ十数年のメディア環境の進化に伴い、広告は目まぐるしい変化を遂げてきました。一方で、CMをはじめとした動画広告には単なる広告媒体としての価値だけでなく、企業と生活者をつなぐ役割があることは変わっていません。なかでも社会や人々の暮らしをより良くしようと取り組む広告主の志やサービスを伝え、企業と生活者の豊かな関係を築いていくことは、現代においても大変意味のあることではないでしょうか。
近年は広告の価値を利益や数字だけで計る風潮もありますが、広告のエンターテインメントコンテンツとしての側面も重要だと考えています。CMはバナナのたたき売りのようなもので、口上が面白いと「じゃあ買ってみようかな」と心を動かして、商品の売り上げを伸ばすこともできますよね。雷門から浅草寺までの仲見世通りにお店がなかったら寂しいように、CMは人々を楽しませて市のにぎわいを作ることもできる。縁日でにぎわうお祭りのように、明るい時代の空気を作り出せることがCMの大きな魅力だと考えています。
また最近は映像制作の領域でも生成AIの導入が進んでいます。ですがディレクターやプロデューサーの仕事は単純作業でなく、人間力が必要とされるもので、撮影現場のムード作りやキャストとのコミュニケーション、広告主とのタフな交渉といった役割をAIが代わってくれることはありません。人の心を動かす映像作り、そして広告を通して企業と生活者の豊かな関係を作ることは、今までもこれからも人間の仕事だと思います。若い世代を中心とした映像制作業界の皆さんが人間力を磨き続けることで新たな価値を作り出し、より良い社会の実現に向けて、業界としてより一層発展していくことを願っています。
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。