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電通CMクリエイター 見市沖のこれからのCMの話をしよう【篠田利隆氏】


文脈と“らしさ”を捉えた映像が人の心を動かす

電通のCMクリエイター・見市沖氏が広告制作の最前線で活躍するクリエイターと、これからのCMのあり方を探る連載企画の第7回。今回の対談相手は宇多田ヒカルやYOASOBIのMVをはじめ、テレビCMやVRイベントの演出など、アニメーションを中心に実写、3Dといった次元を超えた映像を数多く手掛ける演出家の篠田利隆氏。アニメを用いた映像表現の魅力や、心に響くコンテンツを生み出す上で大切にされている考え方について語っていただいた。(取材:2023年10月20日)
【 CM INDEX 2023年11月号に掲載された記事をご紹介します。】

篠田利隆氏
異次元TOKYO
ディレクター/プランナー
多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒。電通テック演出部、アマナ異次元を経て、異次元TOKYOを設立。実写、アニメ、3Dから仮想空間まで次元を超えた演出家として、宇多田ヒカルやYOASOBIのMV、『SANRIO Virtual Festival』、ポケモン『どんなもんじゃTV』、日清食品、サントリー、アサヒ飲料、リプトンのCM、アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』、『ホリミヤ』などの話題作を多数手掛ける。

見市沖氏
株式会社 電通 zero
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター/CMプランナー
2006年電通入社。近作は、でで出前館、ポケモン愛と自由、タイムツリーはじめました、ポッキー、パズドラ。TCC新人賞、ACC賞、国際PRゴールデンアワードなど受賞。出前館は2021年度作品別CM好感度1位。

誰も見たことのない立体的なコミュニケーションを模索

見市:現在はアニメ関連のお仕事が多いと思いますが、これまでに実写のCMも多数手掛けていらっしゃいますよね。まずは篠田さんのキャリアからうかがえますでしょうか。
篠田:ずっと音楽が好きで、本当はミュージシャンになりたかったのですが、幼少期から自分が音痴だと分かっていまして(笑)。せめてCDジャケットのデザインやMVに関われたらと、多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に進学しました。ちょうどその頃、一般の人もPCで映像を作れるようになってきたんですね。海外でもクリス・カニンガム、ミシェル・ゴンドリーなどの監督がとがったMVを手掛けていて、自分もこんな作品を作りたいと影響を受けました。
見市:卒業後は電通テックに入社されたのですよね。
篠田:そうです。当時電通テックに在籍されていた関口現さんをはじめ、広告業界の監督がMVも手掛けだした頃で、彼らの作品には企画があって格好よかったんです。ミュージシャンが出てこなかったりして。そういう表現に憧れて入社したのですが、そう簡単に自分の思い描く作品を作れるはずがないですよね。そもそも企画自体が何なのか、まったく分かっていなかったんです。自分が好きかどうかが大事で、広告が商品を売るためのものだと理解していなかった。
見市:自分が楽しむ表現と広告作りでは、使う脳みそが違いますよね。
篠田:転機となったのが入社3、4年目の頃で、プランナーとして電通に出向し、高崎卓馬さんのアシスタントをさせていただいたんです。そのときに初めて企画について学んだ気がします。何かを売るための映像って良くないものだとどこかで感じていたのですが、高崎さんや細野ひで晃さんの仕事を拝見するうちに、商品のことを考えながらでも面白いことができるのだと理解して、そこからCMが好きになりました。ただ、広告作りの面白さが分かってきた一方、自分の根底にある「新しいものが好き」「変わったことをやりたい」という気持ちは変わらなくて。当時は電通の若いスタッフと演出も含めた企画を考えることが多かったのですが、頼まれてもいないのにCMとウェブやMVを掛け合わせたような企画を提案していた時期がありました。
見市:その頃の印象的なお仕事って、どんなものですか。
篠田:大友克洋さんのアニメCMが話題となった日清食品『カップヌードル』の「FREEDOM」※1プロジェクトで、メイキング映像などのお手伝いをしたんです。その際に高松聡さんが「プロモーションの一環として、宇多田ヒカルさんのMVを作ってみない?」と声を掛けてくださったんです。すでにアニメ好きだったので本当にうれしくて。当時の“マッドアニメ”の手法を使って、誰も見たことのない“公式か非公式か分からないMV”を作りたいとご提案しました。
見市:宇多田ヒカルさんの『Kiss&Cry』のMVですね。当時のウェブ動画らしいゆるさもあって、大好きです。
篠田:ありがとうございます。わざと下手な合成にしたというか、FREEDOMの登場人物が歌に合わせて口パクをする映像で、再生回数は1日で100万回くらいだったかな。当時はまだ「バズ」という言葉もなかったのですが、驚くほど大きな反響を頂戴しました。こうした仕事を経て、自分はCM専門の監督にはならないんだろうなと思うようになったんです。立体的なコミュニケ−ションに力を入れたいと模索する中、ウェブ映像に注力しはじめていた写真やグラフィックの会社であるアマナに移ることとなりました。
見市:そこからアニメの仕事が増えていったのでしょうか。
篠田:そうですね。アマナでは実写CMやウェブ動画のほか、デジタルプログラムを使ったプロモーションなども担当しました。意外と“オタク”カルチャーとプログラムって近い領域なので、アニメなどのオタク系の仕事も多くなりました。そんなときにアイドルグループの私立恵比寿中学から「実写のアイドルとアニメをミックスしたMVを作りたい」とご相談いただいたんです。広告業界で仕事をするうちに秋葉原系の“萌え”アニメやオタクカルチャーにハマっていたので、とうとうこっち系の仕事が来たぞと(笑)。
見市:仕事と自分の“好き”が混ざりはじめる瞬間ですね。
篠田:このときのエビ中の『梅』というMVが注目されたことで、アニメや音楽業界からのオファーが増えていきました。この仕事がまさにターニングポイントでしたね。また当時は世の中全体でアニメが盛り上がっており、広告会社がオタクカルチャーを使った広告を手掛ける機会が増えた一方で、炎上するケースも少なくありませんでした。
※1.日清食品『カップヌードル』の発売35周年を記念し、大友克洋氏がキャラクターデザインを担当したアニメCM「FREEDOM」シリーズを2006年から展開。 BGMに宇多田ヒカルの『This Is Love』『Kiss&Cry』が使用された。

コアなファンに愛されなければ誰にも好かれかない

見市:それはなぜだとお考えでしょうか。
篠田:アニメのようなオタク文化って大衆化したとはいえ、やはり主軸はオタクだと思うんです。今も「一般層向けの映像を作りたい」というご相談は多いのですが、まずはコアなファンに喜んでもらうことが大切。その上でマスに広げる方法を考えるようにしています。もちろん偏りすぎないよう注意しますが、一番好きな人に嫌われたら最後ですし、コアなファンに愛されなければ誰にも好かれないので。
見市:どんなカルチャーにも共通する考え方ですね。
篠田:当時の話に戻ると、アニメと広告の残念なコラボを目にするうちに「これはオタクが作った方が絶対にいい!」と思ったんです。そこでオタクカルチャー専門の部署として「アマナ異次元」を立ち上げ、その数年後に「異次元TOKYO」として独立することになりました。
見市:独立後、特に心に残っているお仕事はありますか。
篠田:YOASOBIの『ミスター』のMVは相当こだわって作りました。YOASOBIの楽曲は小説がベースで、しかも僕が大好きな1980、90年代に流行したSF風のストーリーでしたので、その世界観を損なうことなく映像化することを心掛けました。同じくYOASOBIの『ハルジオン』のMVなども好評をいただき、ありがたい限りです。
見市:最近手掛けられた作品についてもお教えください。
篠田:今年3月に公開した森永乳業『リプトン』の短編アニメ『667通のラブレター』※2は一時終売した『リプトン ミルクティー』の復活を求めるファンの声をラブレターに見立てた青春アニメです。これまでの仕事ではスピード感のある描写が多かったのですが、本作では予算などの制約もあり、カメラやキャラクターをあまり動かさず、一枚絵でもメッセージが伝わるよう意識しました。展開の早い『ミスター』とは真逆の表現ですが、“苦情”をラブレターとして描くという企画の面白さをうまく伝えられたと思っています。
見市:最近のアニメCMブームをどのように見ていますか。
篠田:アニメを使えばCMが話題になるとは限らないですよね。アニメって今でもオタクカルチャーであることに変わりはないので、例えばアニメCMの主人公がごく普通の中年男性だったりすると「このキャラクターデザインは誰に向けたものなんだろう」と思うこともあります。企画の前提として、誰に好かれたいのかといった明確なターゲット設定が不可欠ではないでしょうか。またアニメファンはビジュアルに加えエモーショナルな部分も大切にしていますので、CMであっても感情移入できるかが重要です。ただ15秒CMだけでキャラクターへの共感や思い入れを獲得するのは至難の業ですよね。ですので、ウェブも含めた立体的なプロモーションの設計が重要かもしれません。
見市:既存コンテンツを使ったアニメCMも目立ちます。
篠田:過去のアニメ映像をつなぐやり方も効率的ですが、『ONE PIECE』などのキャラクターが高校生を演じた『カップヌードル』の「HUNGRY DAYS」※3のCMのように、アニメキャラクターをタレントとして起用し、CMに合わせた演技をさせる手法をお薦めしたいです。その際に注意したいのが起用するキャラクターの人格や“らしさ”を読み解くということ。広告として“やらされている感”や不自然さがあるとファンはすぐに離れてしまいますので、その作品を徹底的に研究することが欠かせないと思います。
※2. 2022年3月の終売以降、半年で667件の問い合わせがあった森永乳業『リプトン ミルクティー』の販売再開に当たり制作された短編アニメ。商品のファンの言葉をラブレターに見立てた物語で、2023年3月20日に公開した。
※3. 『魔女の宅急便』『ONE PIECE』などの人気アニメとコラボした日清食品『カップヌードル』のCM(2017〜2020年)で、窪之内英策氏がキャラクターデザインを担当。それぞれの作品のキャラクターが現代の高校生として登場した。

アニメと実写ではそれぞれの特性や共感軸を生かすことが大切

見市:アニメと実写で映像の作り方に違いはありますか。
篠田:共感軸が異なるかもしれませんね。例えば、がむしゃらに走る女の子を描くとして、実写でも確かにエモいのですが、描写が過剰だと共感されない場合もある。実写のCMでリアリティーを演出したいときにはオーバーな演技は控えるのですが、逆にアニメだとやりすぎぐらいの方が感動できるというか。現実ではありえない世界や感情を描ける点がアニメの魅力ですね。そういう意味では、クライアントの夢やビジョンを描くCMにアニメは適していると思います。もちろん実写の方が描きやすい要素もあって、例えばシチューのCMだったらアニメキャラクターよりも人間が登場する方が温かみや家族愛を伝えやすいですよね。また、直感的な描写も実写ならではだと思います。映画『仁義なき戦い』の冒頭で屈強な男性たちが入り乱れて戦う場面があるんですね。あの激しいカメラワークや壮絶な世界観はアニメでは到底再現できないと思います。
見市:アニメに近い表現として、VTuber起用のCMについてはどのようにお考えでしょうか。
篠田:単にキャラクターとして起用するのはもったいないですよね。VTuberっていわば着ぐるみのようなもので、一番の魅力はビジュアルよりも“中の人”のセンスだと思っています。ちょっとしたしぐさや口調のクセといったVTuberの人間味みたいな部分にフォーカスしたら、新しい形のタレント広告ができるのではないでしょうか。
見市:これから力を入れていきたいお仕事はありますか。
篠田:VR空間の演出ですね。2021年からサンリオのバーチャル音楽フェス※4の総合演出をしています。参加者は自分好みのアバターになって参加できますし、キャラクターと同じ空間をリアルタイムで体験することが可能です。またVR空間はリアルで不可能なことを実現できる一方、“ごっこ”や“まねごと”である点が特徴でもあります。リアルに見えるものでも実際には触れないし、香りは伝わらない。欲求を100%満たせないからこそ、そのストレスを緩和させる手段として広告を活用できる気がします。
見市:ハード面が進化してVRがもっと世の中に浸透したら、エンタメも広告も大きく変わっていきそうですね。
篠田:360度の空間設計が必要で苦労も多いのですが、広告もアニメも手掛ける演出家の視点を生かして、VRの楽しみ方をさらに広げていけたらと思っています。
※4. サンリオが2021年から展開するメタバースイベントで、アーティスト総勢56組のパフォーマンスやサンリオバーチャルパレードなどを2023年1月13日~22日に実施。360度の空間を生かしたVRならではの演出が話題を集めた。

時代やカルチャーの文脈を踏まえ心に響く表現を届ける

見市:最後に、篠田さんが仕事をする上で大切にされていることをお聞かせください。
篠田:基本的に自分以外の誰かのために映像やコンテンツを作っているので、クライアントの想定以上のものを打ち返すことや、作品を目にした方々に楽しんでいただくことを一番大切にしています。ですので、自分だけの作風のようなものはあまり意識していないかもしれません。恐らくどんな人も潜在的に刺激を求めていて、日常の中で新しい感覚や体験を通して喜びを感じたいと思っているはずです。そんな世の中の皆さんに向けて、これからも時代の空気やカルチャーの文脈を踏まえながら、少しでも心に響く表現をお届けできればと考えています。
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