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Leader's Interview 松山一雄氏(アサヒビール株式会社)


一人ひとりに寄り添った多様な価値を提供し
お酒のあるいい人生をつくる

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会) の開催期間を中心にオンエアされた『スーパードライ』のCMや新垣結衣出演の『アサヒ生ビール』のCMなどが大きな反響を呼び、CM好感度を大幅に伸長させているアサヒビール株式会社。発売36年目で初のフルリニューアルを行う『スーパードライ』を中心に、これまでの取り組みや今後の施策について同社のマーケティングの指揮を執る松山一雄氏にうかがった。
(収録:2022年2月17日)
【 CM INDEX 2022年3月号に掲載された記事をご紹介します。】

インタビュイー
松山一雄氏
アサヒビール株式会社
専務取締役 兼 専務執行役員 マーケティング本部長
1983年青山学院大学卒。鹿島建設(現・鹿島)、サトー(現・サトーHD)を経て、米ノースウェスタン大学ケロッグ校で経営学修士号(MBA)取得。1993年よりP&Gでブランドマネージャーとしてマーケティングに従事。2001年サトーHDに復職、2011年代表取締役社長・CEOを経て、2018年9月より現職。『マーケター・オブ・ザ・イヤー2021』大賞受賞。
スーパードライ
「2人のトライ」篇(2019年11月22日オンエア開始)
会社員役の菅田将暉と中村倫也が失敗や困難を乗り越え、プレゼンに成功したことを仲間とともに『スーパードライ』で祝うストーリー。映画『グレイテスト・ショーマン』の主題歌『This Is Me』に乗せてドラマチックに描いた。2019年12月度のCM好感度でアルコール業類のナンバーワンに輝いた。
アサヒ生ビール
「黒生でおつかれ生です」篇(2022年2月15日オンエア開始)
竹内まりやの『元気を出して』をBGMに、新垣結衣が「おつかれ生です。」といった語りとともに『アサヒ生ビール』を訴求するシリーズ。『アサヒ生ビール黒生』をテーマにした新CMでは「明日も世界が優しくありますように」といった語りで、新垣が自宅でくつろぐ姿やバーで商品を味わう回想シーンなどを描いた。

— コロナ禍で開催された東京2020大会では『スーパードライ』のCMに大きな反響がありました
 2020年はオリンピック・パラリンピックの開催、そして10月の酒税法の改正と、東京2020大会のオフィシャルビールである『スーパードライ』を中心に多くの方に当社の商品を手に取っていただく大きな契機と捉えておりましたが、新型コロナウイルスの流行に伴う東京2020大会の延期など不透明な状況が続いたことからプランが根底から崩れ、多くのステークホルダーに向けて我々がどのようなアクションをすべきかという難しい判断を迫られました。何らかのメッセージを発信することは経営として意思決定していましたので、問題はコミュニケーションの内容です。「オリンピック・パラリンピックはそもそも誰のために、何のためにあるのか」といった原点に立ち返りながら、自らの可能性を信じて挑戦し続けるアスリートを心から応援する気持ちは、社会情勢が変わっても揺るがない真実であるという思いに至りました。メダルの有無ではなく、日々努力を積み重ねてきたアスリートだけが持つ輝きこそが人々の心を揺さぶる。その瞬間に飲むビールは特別なものになるはずです。CMの放送後にはSNS上に「メダルを取れなかった選手の姿も描いたスーパードライのCMに共感した」などの投稿を目にしたほか、自らの感動がCMとシンクロしたという声を多数いただき、大変うれしく思いました。
 『スーパードライ』は2019年11月より「ビールがうまい。この瞬間がたまらない。」のブランドメッセージのもと、お客さまの人生に商品が寄り添うシーンを描いています。私がアサヒビールに入社したのは2018年9月で、翌春より新しい広告コミュニケーションへの転換に向けた準備を進めましたが、社内でさまざまな議論が巻き起こり本シリーズの制作には約9カ月を要しました。長年にわたって『スーパードライ』の広告は“プッシュアウト型”、つまりブランドを主役としたコミュニケーションを展開しており、それぞれの時代の中で広告として機能してまいりましたが、現代においては「お客さまの人生とともにそのブランドが存在する」という視点でCMを制作すべきだと考えました。6000人の生活者に調査を実施し、「あなたが今まで飲んだビールの中で一番おいしいと感じた瞬間」についてのエピソードの一つひとつを読み解いたところ、「ビールは『うまい!』と感じる瞬間、人生の喜怒哀楽を包み込んで、すべてを肯定してくれる特別な飲み物である」という消費者インサイトにたどり着きました。これをもとに当社のコミュニケーション全体の転換を図りました。
 商品ではなくお客さまをコミュニケーションの真ん中に置くことで、お客さまから見たブランドとのタッチポイントは360度に広がります。なかでもテレビCMはタッチポイントとして重要な役割があります。物性的な情報だけでなく情緒的な価値に触れていただける有効な機会であり、最も多くの方が見られている媒体のひとつだからです。お客さま一人ひとりとブランドが触れ合う瞬間はまさに刹那的なもので、数秒間という時間の中でお客さまの心に響くものを届けられるか、驚きや感動、ワクワクといった心の動きを生み出せるか。そうした“真実の瞬間”をどれだけつくり出せるか、それがブランドとお客さまの関係性に大きく影響を与えると考えています。

多様化するビールのニーズを背景に
時代の空気に合った情緒的価値を提案

— 新垣結衣さん出演の『アサヒ生ビール(通称マルエフ)』のCMも好評です
 『スーパードライ』はアサヒビールの象徴かつ大黒柱の商品ですが、一方で昨今のビールの価値の多様化を考えると、このまま一本足打法を続けることは難しく、もうひとつの柱となるブランドが必要でした。時を同じくしてコロナ禍で人間として大切な「ぬくもり」や「つながり」が失われ、多くのお客さまにとって心に大きな穴が空いたような感覚があるのではないかと感じていました。『スーパードライ』は「高揚感」「刺激」といったワードが相応しい、いわば“エナジー系”のブランドですので、それと対極の価値を提案できるブランドとしてマルエフにスポットを当てました。1986年に発売したマルエフは近年では飲食店のみで展開してきたブランドで、歴史のあるブランドだからこそ提供できる価値があると考えたんです。ブランドの設計図であるブランドラダーの作成に当たっては「心にあたたかな灯をともし、ぬくもりある日本をよみがえらせる」というブランドパーパスを設定しました。クリエイティブアイデアについては『スーパードライ』を「Heart Beat Beer」とすると、マルエフは「Heart Warming Beer」で、「癒やし」や「やさしさ」をブランドの価値に据えました。
 広告のコミュニケーションについてはかなり早い段階から新垣結衣さんに出演いただきたいと考えておりました。「おつかれ生です。」というフレーズには社内で慎重な声もありましたが、私自身は触れた瞬間に心が大きく動き、思い描いていたマルエフの世界観にぴったり重なる言葉だという確信がありました。CMをオンエアした直後からSNSに波及し大きな相乗効果が生まれていると実感した一方で、想定以上の反響をいただいたことから『スーパードライ 生ジョッキ缶』に続いてマルエフまで一時販売中止となり、多くの方にご迷惑をおかけしてしまったことを深く反省しております。現在は生産体制を強化いたしましたので、今後もブランド資産をよりいっそう高めていけるよう、さまざまな施策を進めてまいります。

『スーパードライ』こそ変わるべき
“挑戦”のアイデンティティーを体現する

— 「スマートドリンキング」の取り組みや『スーパードライ』のフルリニューアルについて
 これまで我々はお酒を飲む方に向けて商品やコミュニケーションを展開してきましたが、日常的に飲酒する方々は20代から60代の約8千万人のうちの4分の1ほどです。「体質的に飲めない方」や「あえて飲まない方」は約4千万人に上り、そうした方々へはそもそも価値を提供できていませんでした。そこで飲む人も飲まない人もお互いが尊重し合える社会の実現を目指し、飲み方の多様性「スマートドリンキング(スマドリ)」をキーワードとしたコミュニケーションを昨年から展開しています。“微アルコール”という新たなジャンルの商品として発売した『ビアリー』『ハイボリー』や、ノンアルコール商品・アルコール分3.5%以下の商品を通して、お客さまの多様なニーズにお応えできればと考えています。
 また発売36年目を迎える『スーパードライ』※1を初めてフルリニューアルし、『スーパードライ』の誕生日である3月17日を中心に当社最大規模のプロモーションを実施いたします。フルリニューアルに際しては『スーパードライ』の根幹の価値を見つめ直すべく踏み込んで議論してまいりました。多様化するニーズに合わせ他社が「糖質ゼロ」といった機能性を重視した商品などを仕掛ける中、『スーパードライ』にはロイヤルユーザーの高齢化による縮小傾向という課題があり、また「辛口」という価値の魅力を伝え切れていないことがデータでも示されていました。ただ『スーパードライ』はアサヒビールにとっていわば聖域化された存在であり、大きな変化を望まない声は多かったのですが、『スーパードライ』だけが現状維持ではビール市場全体にも明るい未来を描けないのではないか。真っさらな状態でもし今『スーパードライ』を発売するならどのようなビールであるべきなのか。「挑戦」「革新」をアイデンティティーとするブランドだからこそ変わるべきだと伝え続け、フルリニューアルに舵を切りました。ご愛飲いただいているロイヤルユーザーの方々と、これをきっかけに飲むようになってくださる未来のお客さまの期待を超えること。それを目標にこれまでの研究成果をすべて注ぎ、試作に試作を重ねて最高の辛口ビールに仕上げることができたと自負しています。
 人々の気持ちが高まる瞬間は時代によって変化し、多様化が進んでいます。コミュニケーションについては、『スーパードライ』はチャレンジや成功といったイメージと親和性が高いため、その軸は変わりませんが、挑戦する姿を従来型の社会的な成功を思わせる「ステップ アップ」ではなく、今の時代に合わせて一人ひとりの価値観を大切にする「ステップ フォワード」として描ければと考えています。
 近年はビジネスそのものに対して「何のために」「誰のために」必要なものかが問われています。我々はメーカーですので、一義的にはおいしい商品をお客さまにお届けして喜んでいただくために存在する企業ですが、単に「モノ」を売るのではなく、「おいしいお酒やノンアルコールドリンクがある、いい人生をつくる」ことに存在意義があります。これからも広告コミュニケーションを通し、こうした我々の思いをお伝えできればと考えております。

※1 新スーパードライ
1987年の発売以来36年目で初めてフルリニューアル。飲んだ後のすっきりとした後味はそのままに、香りによって飲んだ瞬間の飲みごたえを向上させたという。新パッケージには「新スーパードライ、始まる。」のコピーとともに、味の特長を視覚的に表現した“辛口カーブ”のデザインを配した。

その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。