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Creator Interview 鹿毛康司氏(株式会社かげこうじ事務所)後編


自分との対話を通して人の心に迫る

東日本大震災、コロナ禍など、世の中が大きく変わっても人の心に迫るCMを作り続ける鹿毛康司氏。『消臭力』や『ムシューダ』のCMをはじめ、CM好感度トップに輝くヒット作を生み出す背景には「お客様も気が付いていない心のツボ」を突くという広告活動で最も重要なテーマがあるという。CMクリエイターでありマーケターでもある同氏に、CM制作にまつわるエピソードやインサイトの重要性、5月に上梓した『「心」が分かるとモノが売れる』についてお話をうかがった。
(収録:2021年5月11日)
【 CM INDEX 2021年6月号に掲載された記事を2回に分けてご紹介します。(後編)】
— ムシューダのCMは多くの支持を集めています。ヒットの理由をどのようにお考えですか
 3年前に500GRPでありながら日本で総合ランク1位(CM好感度調査・2018年5月前期・作品別)になりました。これはいわゆるクリエイティブ力があったということです。こう言うと、ただふざけたCMを作っただけだと勘違いされますが、私が見つけたインサイトを表現できたCMでもあります。ネタバラシをします。
 長年ニーズ対応型の「大切な衣類を虫から守ろう」と訴求してきました。ただ、不思議なことがあるのです。虫食い経験をされていないお客様がムシューダを買ってくださるという事実。合理的な話ではないですよね。ある時、フマキラーさんの工場でゴキブリを使った実験を見せてもらいました。みんな後ずさりしていたんですね。人には虫と距離を置きたいという心理があるわけです。自分の子どもも虫が嫌いで、玄関にいたセミに「おとう取って」と大騒ぎしている。私が虫を片付けている間は離れて何食わぬ顔で遊んでいました。「人は虫と関わらずに誰かに託したい」というインサイト。そこで高橋愛さんにタンスから2メートル離れた場所に立ってもらうことでそのインサイトを表現し、遠くから「出てきなさい!」と呼びかけるCMを作りました。こうした作り手の作為を感じさせないインサイトを突いたクリエイティブがCM好感度調査の好結果に影響しているのかもしれません。
— コロナ禍で放送されたベスト個別学院のCMの「でも、大丈夫。」というコピーに込めた思いとは
 コロナ禍の影響で子どもたちの学校生活が不自由になりました。ニーズ対応型の広告であれば「学校で足りない分を塾で勉強しましょう」「コロナ対策は万全です」となるでしょう。この時、僕は自分の高校時代に向かいました。成績は悪く、卒業する時の試験結果は450人中447位でした。心の奥と相談すると、「こういう状況は自分のせいじゃない」「中学では偏差値65だったのに今さら勉強するのは格好悪い」などと妙なプライドでドロドロとしています。「勉強しましょう」と言われても、すべてを社会や環境のせいにしているので何も感じなかった。それはコロナで勉強する場を失った中学生も一緒だろうと思いました。あの頃の僕にどんなふうに声を掛けるべきか深く思案し、その中で見つけ出したのが「大丈夫だよ」「一緒に計画立てようか」です。自分の心が雪解けしたんです。世の中の不条理をインサイトに、この解決策を提示しました。前年比の入塾者数が大きく落ち込んでいる中で、この心対応型広告で前年比100をクリアし、なかでも8月は230%の数字になりました。もちろんメッセージだけでなく、ベスト個別学院が電話対応やカリキュラムを組み立て直した上での結果です。
 中学生たちはコロナ禍で環境への失望を抱えているのに、どうしていいか分からずそれを飲み込んでいる。そのフラストレーションの解消に向けて、政府も学校も親も何もできない中、塾であれば「大丈夫だよ」と寄り添うことができる。“心のパンツ”の奥には必ずネガティブなものがあり、それを解決するのが企業の役目ですから、ベスト個別学院に組織として発言してもらいました。入塾理由をアンケートすれば「CMが面白い」「チラシを見た」といった結果になるかもしれませんが、SOSを出している自身の気持ちを汲み取ってくれたこと、これが動機になっているのです。
— 『「心」が分かるとモノが売れる』を上梓されました。また帯文は糸井重里さんが書かれています
 本の最後に「糸井重里さんのこと」という章があります。前職の雪印乳業時代に不祥事があり、2002年7月にNHKスペシャル『会社が信頼を失ったとき~雪印社員たちの苦闘~』として放送されました。私自身も被写体となったこの番組について、糸井さんが「ほぼ日」でコメントされていたのですが、翌日には消えていました。事務局に問い合わせたところ、1週間後にご本人から1353文字のメールをいただきました。そこには現場にいたかのように私たちのこと、お客様のことが明確に書かれていました。おそらく糸井さんはご自分の心を使ってメールを書かれたのだろうと思いました。そのメールに励まされ、今私はこうやって仕事をしています。いつか糸井さんに会える人物になって御礼を言いに行きたいと思って過ごしてきました。
 4年前、あるカンファレンスで登壇された糸井さんの楽屋で出待ちして御礼を言いました。翌年には日経クロストレンドで対談するという夢のような出来事が起きます。その時に私が最もうかがいたかったことは「糸井さんはどうやって心を見つけるのか」でした。「自分の中にいる大衆と会話すればいいんだよ」と教えていただき、その言葉に背中を押されて今回、本を書かせてもらうことになります。ところで、そのときにサインをいただいたのですが、糸井さんが添えてくれた言葉は「なんとか(改行)しろ。」でした。仲間に向けたような距離の近い言葉に、力強く励ましてくれる言葉に、涙が出そうになりました。その空気を察したのか、糸井さんがギャグを言って場を和ませてくれました。ギャグは覚えていないけれど、糸井さんの優しさはしっかりと覚えています。そういう出会いから私の本の帯を書いていただきました。
 本書ではインサイトを発見するための方法も詳しく紹介しています。実はトレーニングすれば誰にでもできることなんですよ。なぜなら普通の人であればあるほど、喜んだり悲しんだりという普通の心が分かるからです。心のパンツを脱いで自分の中と相談し、発見があったら他人と話すことで確認をする。周波数が合えば、そのインサイトを提示するクリエイティブを作り、ボールを投げる。こうして発見された消臭力のインサイトは“秘伝のタレ”ですから公表したことはありませんでしたが、今回はそこにも言及しています。インサイトはワークショップやセミナーなど他人の力を借りて発見できるものではなく、やはり自分の心と向き合ってひとりで考えなければ到底たどり着けないことだと思っています。
 そのほかにもインサイトを見つけた後にマーケターはどのようにクリエイターと仕事をすべきか、ソーシャルの時代にどうやってお客様と心を通じ合わせれば良いのかなどについても書かせてもらいました。心を理解する方法はひとつではなく、いくつもあるものだと思います。体系化された世界ではないからこそ、自分でそれを開発しなければいけない。今回の本はそうしたトライをしようとしている人へ参考になればと、私の事例と思考を書かせてもらいました。ぜひ、ご自分流のインサイトの見つけ方とクリエイティブへのつなぎ方を作っていただけたらと願っています。
鹿毛康司氏 株式会社かげこうじ事務所 マーケター/クリエイティブディレクター
雪印乳業を経て、2003年にエステーに入社。同社を日本有数のコミュニケーション力のある企業に導く。同社執行役を経て、2020年に独立し、かげこうじ事務所を設立。早稲田大学商学部卒、ドレクセル大学MBA。現在、グロービス経営大学院教授、エステー コミュニケーションアドバイザー、日経クロストレンド アドバイザリーボードメンバー/アドテック東京ボードメンバーを務める

著書『「心」が分かるとモノが売れる』
日経BP出版 2021年5月24日発行
https://www.kagekoji.jp/books.html
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。