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Creator Interview 鹿毛康司氏(株式会社かげこうじ事務所)前編


自分との対話を通して人の心に迫る

東日本大震災、コロナ禍など、世の中が大きく変わっても人の心に迫るCMを作り続ける鹿毛康司氏。『消臭力』や『ムシューダ』のCMをはじめ、CM好感度トップに輝くヒット作を生み出す背景には「お客様も気が付いていない心のツボ」を突くという広告活動で最も重要なテーマがあるという。CMクリエイターでありマーケターでもある同氏に、CM制作にまつわるエピソードやインサイトの重要性、5月に上梓した『「心」が分かるとモノが売れる』についてお話をうかがった。
(収録:2021年5月11日)
【 CM INDEX 2021年6月号に掲載された記事を2回に分けてご紹介します。(前編)】
 ※後編は6月25日(金)に公開
— エステーのCMがCM好感度調査で常に上位にランクインする秘訣とは
 それはインサイトを徹底的に意識して作ってきたことが一番の要因だと思っています。ニーズ対応型というよりも心対応型のアプローチを取ってきました。そういう話をすると、マーケティング理論を無視して好き勝手に面白いことをやっているのかと勘違いされるので少し説明させてください。1960年代にマーケティングの4P(プロダクト・プライス・プレイス・プロモーション)、その後70年代に顧客を管理すべきとSTP分析(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)が始まり、今も多くの会社がこれをベースにマーケティングを展開されています。ただ、コトラーさんも指摘するように、そこには「人の心」がすっぽりと抜け落ちた無機質な塊をターゲットとしていることが多いのではないでしょうか。
 例えばムシューダを使う人、使わない人という塊を属性で切り取り、そのニーズに沿ったCMを作ることは一見、正しいように思えますが、そこには生活している人の心が抜け落ちています。アンケート調査をしてもインタビューをしても本質のところは分からない。そもそもお客様自身が自分の心を知らないからです。本人も気が付いていないけれど消費行動に影響する心のツボ、それがインサイトなわけです。そしてマーケティングにはお客様の心だけは解明できないという限界がある。行動経済学の世界では人は合理的な行動をせず心理で行動し、それが経済を動かしているという論を展開しています。また心理学の世界では顕在意識は5%、潜在意識は95%だといわれます。調査データだけから生み出したCMが人の心に響かないのは当然のことだと思います。
— ニーズ対応型のCMは効果がないのでしょうか
 ニーズ対応型を否定しているのではありません。例えば最近制作したムシューダのダニよけスプレーのCMでは、きちんとした商品説明とダニのない生活というニーズ対応をしています。ただ、やはりそこでも「人はどうしてダニのいないベッドで眠りたいのか」という心の部分を大切にしています。
 マーケティング活動のひとつにブランディングがあります。ブランドをしっかりと作っていくためには、シンプルに言いますと、認知してもらい、機能を理解してもらい、世界観を共有してもらい、さらには共鳴してもらうことが大切です。ニーズ対応型は「認知」と「機能」には役立ちますが、それだけでブランディングはできないですよね。
 今必要なのは、テレビCMこそができること、ネットこそができること、ソーシャルこそができること、それを掛け算にして総合的にコミュニケーションしていく。そういう難しい時代に入ったのだと思います。そしてテレビCMは「お客様も気が付いていない心のツボ」を突くことが一番得意なメディアだと思っています。
— インサイトはどのように発見するのでしょうか
 まず、インサイトを見つけるためのフレームワークはないと断言します。それらしきフレームワークや調査方法なども世の中にあります。例えばデプスインタビューや観察手法などが存在しますよね。でも「お客様も気が付いていない心」を本人に聞いても教えてくれないし、観察対象者が教えてくれるわけでもありません。
 どうやって見つけるかはズバリ「自分で考える」ということしかない。もっと言えば「自分の心の中と相談する」ことです。例えば震災が起きてみんなが悲しんでいる時に、私はタイムマシーンに乗って5歳の自分、交通事故で父を失った、その時の私に会いに行きました。泣き崩れた母が台所で近所の人と少し笑みを浮かべたのを思い出します。そこに横たわるのは何なのか、人は悲しみのどん底で前に進むために笑うのではないか。その笑いとはどのようなものなのか。そうやって自分の中の心と相談して作ったのが震災直後に発表した「ポルトガル・リスボンを背景に少年が歌う消臭力CM」でした。
 その母も昨年亡くなりました。ぽっかりと心の穴が空きました。その心のありようを持っている人は何人いるかとアンケート調査で数字を出すまでもなく、人の心には大小あります。同期が出世したら妬む、人を愛しむ、コンプレックス、私たちの心の中には見たくないものが渦巻いています。自分でも見て見ぬふり、見たくないもの、気が付いてもいない心があって、そういう心が私の行動を作っているという大前提です。
 インサイトを見つける第一人者の糸井重里さんとお話した時にこう言われました。「自分の中にいる大衆と会話すればいいんだよ」と。インサイトの見つけ方は体系化されていません。でも確実にあると思いますし、それは人それぞれなのかもしれません。私のやり方は本で紹介したので、ぜひ参考にしてください。
鹿毛康司氏 株式会社かげこうじ事務所 マーケター/クリエイティブディレクター
雪印乳業を経て、2003年にエステーに入社。同社を日本有数のコミュニケーション力のある企業に導く。同社執行役を経て、2020年に独立し、かげこうじ事務所を設立。早稲田大学商学部卒、ドレクセル大学MBA。現在、グロービス経営大学院教授、エステー コミュニケーションアドバイザー、日経クロストレンド アドバイザリーボードメンバー/アドテック東京ボードメンバーを務める

著書『「心」が分かるとモノが売れる』
日経BP出版 2021年5月24日発行
https://www.kagekoji.jp/books.html
その月のCM業界の動きをデータとともに紹介する専門誌です。